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Nirvana~ニルヴァーナ~

IT関連、軍隊、オーディオ、アニメ、ゲーム、映画等の様々な内容で書き綴っていこうと思います。※アフィ等の個別指定カテゴリのジャンルは行いません 更新不定期ですがよろしくお願いします<m(_ _)m>

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Author:金剛
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■■■仏陀再誕

映画鑑賞、11本目の作品は⋯
「仏陀再誕」
です。宗教関係のアニメーション映画作品ですね。
本作は過去に劇場へ足を運び、拝見しました。此度は2回目の視聴となります。
仏陀が再誕したという世界設定、主人公は「小夜子」という名前です。
それでは感想へ。

ゴータマシッダールタ⋯普通に「ガウタマシッダールタ」ではいけないのでしょうか。
宗教をアニメーションで、というのはあまり良く思いませんが、ここは敢えて心を無に。

弟「仏陀って、何?」
小夜子「御釈迦様のこと」
はい、釈迦の尊称でもありますね。悟りを開いた者のことを指します。

《TVインタビュー》
荒井(操念会会長)「世界は今混沌の中にあります。国家は迷走を続け、国際平和を掲げるも戦乱の火種は尽きることがない。現代社会は病んでいるのです」
そうですね。仰る通りで、異存もありません。

荒井「家庭は崩壊し、子が親を殺し、親が子を殺す時代」
気に入らなければ殺してしまえばいい、愚かな考えとはいえ実際のニュースでも見かける所からして、案外身近な話かもしれませんね。

荒井「このような時代であるからこそ、全ての問題を解決しうる強力な力を持った指導者が必要とされていると私は思うのです」

(必要と)していますが、(存在)していません。
ただ権力が欲しいだけなのは明白。あなたは政治家ですかと。
尚、後のスピーチで「完璧な人間などいない」と自分で言い放ちます。

スピーチの序盤の内容は正しいと思うのですよ、ええ。

人は愚かだ→そうですね。
⬇︎
しかしそれが人間なのです→そうですね。
⬇︎
完璧な人間など世の中にいない→そうですね。
⬇︎
ただ、その愚かなる人間による愚かなる行為によって
地球は壊れ始めている→多方面で、確かに悪影響が出ているでしょう。
⬇︎
環境は破壊され、人の心は失われた→少なくともネット上では失われました。
⬇︎
この暗黒の時代にあなた方はどう生きれば良いのか?→その答えを探すのが人生では?
⬇︎
人の世とは弱肉強食→生物界そのものが弱肉強食では。
⬇︎
どのような綺麗事を並べ立てようとも、結局は己自身の強さがなければ生き残れないのか!強くなるためには手段を選んではならないのか!
⬇︎
自身の主義を貫き生き残る為にはどうすれば良いのか!
弱さそのものが罪なのだ!妥協してはならない!
全ては自らの手によって実現すべきなのだ!→ここまで上々の演説。
⬇︎
私に従うのです。→どうしてそうなる

自身の主義、自らの手で〜とは何だったのか。
尚、ここからはトンデモ発言を繰り返し信者(?)を募ります。
「我が教団に入れば何でも思い通りになる霊能力が〜(以下略」
その話、壺も付いてきます?(汗)
と、つい言いたくなってしまうほどの内容です。
霊はともかく、霊的な超能力ですか⋯少々、一般人には許容し難い概念ではないかと。まず「この世とあの世」に分けた壁の向こうから、現世に侵入することが出来る設定でしたっけ?宗教では。
個人的には、人が物言わぬ死者の霊魂に対する恐怖心を抑える為に「死者の世界」の概念を作ったという方が腑に落ちるのですが⋯それも固定概念という事でしょうか。

我先に、という人間の欲望も作中よく描かれていると思います。
真の「仏陀」から「心の三毒を抜く」といった話もありました。
貪る心、怒りの心、愚かなる心の三つ。
分かりやすく言いかえるのならば「欲求、怒り、卑しさ」ですか。

思うにその毒は、一生抜けません。
人間の背負った「最強の毒」だと思いますよ。
宗教がもしそれを救えるのなら、良かったですね。
恐らく、望みは生涯叶いません。
少なくとも、私はそれを望みません。

欲が無ければ生きる事から「楽しみ」が消えるでしょう。
怒りが無ければ人の心から「理解」が消えるでしょう。
卑しさが無ければ共に「人間らしさ」も消えるでしょう。
何も望まず、感情を殺して、心を最適化して。
全てを代償にして得るものは何でしょうか?
それは「救われる」と言えるのでしょうか⋯

ツッコミどころ満載というか、詰めが甘いというか⋯形容し難い感想です。
人工知能に深層学習の技術を駆使している近代科学でも成し得ていない「感情」という貴重な財産を失ってまで、私は救われたくありません。
本当の救いは「授かった命を寿命まで全う出来る事」だと思っています。

辛くて、途中で何度も投げ出したくなるであろう人生という名のボールを、しっかりとミットで受け止めてくれる神様が欲しい。
もし神様がいるのなら、私はそれだけを願います。

女子高生のノリ以外は、為になる話が多く真面目な内容もあります。
あまり真剣に考えたことの無い方には聞く耳持たない話、かもしれませんが⋯生きていく上で重要だと思える話もあると思います。
ただ、神や仏に関する私一個人の意見と致しましては、
「存在こそすれども、我々人類が生活する上で直接的な関わりはない」
というのが現在の論です。
神を見たことが無いから存在しない、自分はこんなに苦労しているのに何も変わらない、だから神様なんかいるはずがない。そういった考え方は出来る限りしたくない面もあるのです。
正直、本当はいないのでしょう。
いないからこそ、いて欲しいと願う者がいる。
肖りたい、縋りたい、そういった気持ちが神という存在を生み出しているのではないか、そう思うのです。

でも、それって一つの「欲」では?
結局は神様に「なんとかして欲しい」のですよね。
もし欲を捨てることが救われる術だと言うのなら、欲を捨てる事で神様という存在を欲する事も無くなってしまう。小さな欲も、抑えられなければやがて大きな欲を持つ。
つまり、欲を捨てるというのは「全ての欲求」を捨てる必要があるのではないのか。⋯そういう事です。

この作品を一言で表すのならば、
現実VS理想
でしょう。現代社会の闇に対し理想の心を説く、そういった内容でした。
関係性があるようで、繋がりがない。
仏陀がその時代の価値を決め、その時代の正しさを決め、その時代の善とは何かを決め、その時代の真理とは何かを決める。果たしてそうでしょうか?
現代、随分と変貌を遂げたものですが。

価値観はそもそも個人で違います。自分で自分だけの基準を作って下さい。
但し「社会」ではその先々の「価値観」に従いましょう。
合わないのなら、合う場所を探すか折れるか貫くかを決めましょう(仕方ない)
正しさも、一定の基準を除けば個人の裁量が大半です。つまりバラバラです。
他者に迷惑をかけない限り自由、それが基本ルール。
善は「人にされて嬉しい事か」等の判断基準の元に自分で見つけ積み上げるもの。
真理はおそらく理解のしようがありません。「人間」である限りは。

以上が個人の、全く誰の当てにもならない一つの人生観です。
未熟で稚拙で穴だらけで、それでも大切な自分だけの考えです。

今回取り上げた「仏陀再誕」
個人的評価は★★★★★☆☆☆☆☆(5/10)」
となります。
これは人によりけり、としか言いようがありません。
これが「小説」等であれば自分の中では星7以上付けたのかもしれません。
宗教の、それも大衆向けに映画館で放つ作品としてどうなのか、と思ってしまうのは私が信心深くないからなのかもしれませんね。

私もノベルゲームのシナリオ中でそれを語る事があるでしょう。
但しその時は「これがこのキャラクターの考え方か」と捉えて頂けると幸いです。それが「そのキャラクターの思想」なのです。
そこから共感する心を持つも良し、これじゃダメだと持論を作るもまた良しです。
大切なのは「考える機会を持つこと」だと私は思っています。
それではこの辺で。
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