Nirvana~ニルヴァーナ~

IT関連、軍隊、オーディオ、アニメ、ゲーム、映画等の様々な内容で書き綴っていこうと思います。※アフィ等の個別指定カテゴリのジャンルは行いません 更新不定期ですがよろしくお願いします<m(_ _)m>

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Author:金剛
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2016年以降のブログ更新は落ち着いていこうかな。
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ご意見・ご感想や誤字脱字の指摘等も此方のコメント欄へお願い申し上げます。




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■■■スペースアドベンチャー コブラ

それは紛れもなく⋯
映画鑑賞13本目の作品は、
「スペースアドベンチャー コブラ」
です。
いつか見ようと思っていた作品で、1982年映画化されたものになります。

個人的に見ると落ち着く絵です。CGに殆ど支配されてから、こういった絵はもう見られなくなってしまいましたね。
近年アニメの解像度やイラストに慣れているとあまりにも古臭い絵だと思われるかもしれませんが、これはこれで良いのです。寧ろこれだから、良いのです。

最大の賞金首コブラと、賞金稼ぎのミロス星人、ジェーンを主軸に展開されるシナリオ。
例のショック事件より前の作品ですので、画面が非常にチカチカします。
点滅は多用されており、レンタルでノートPC等の再生となると視聴距離を少し考える必要があります。

ミロス星の女王になる条件的習わしで、3人(今回の場合ジェーン、キャサリン、ドミニク)が同じ男を愛する事で一人となり女王になるか、2人死んで生き残った一人が女王になる仕組みだそうです。
キャサリンが別の人を好きになり、ジェーンはキャサリンに殺害され、ジェーンはコブラへの愛をもう一人の女王子孫、ドミニクに継承します。
ドミニクが所属する部隊は今作の黒幕「ギルド」と敵対する組織で、キャサリンはそのギルド側に属している(ギルドの大幹部、クリスタルボーイがキャサリンの好きな人)、という設定で物語は進んでいきます。

コブラ「俺は、殺しに来たんだぜ?アンタの星の女王を」
トポロ教授「悪しき旅にミロスを導く者、何人といえど之を罰せよ」

これ、本当に大事な話だと思います。
女王というのはその星の行く末を決める、最上位に位置する地位です。
その地位に就く者の命を狙うという事は、国を否定するも同義と考える者は多く、その殆どが保身に徹する権力誇示こそが第一であると考える者。

真に国を愛する者は、その国を導く者が「愚行」に奔っているとするならば、これに目を瞑るのではなく等しく罰せよという考え方を持つべきではないか、そう思います。
お金や権力は確かに大事で、自分の存在価値の証明のようなものです。
私が存在することに意味や価値があり、私が生きていることには意味があると、そう言いたいのでしょう。
実際は、その自己顕示欲の塊が人を狂わせる原因なのに、偉いと思っている人ほどこれを絶対に認めようとはしません。
この自分に非がある筈ないだろう、否定無関与繰り返し、別の大きな事件が起きてほとぼりが冷めるまで逃げ続ける。
よく見る光景ですよね。

私はそういう考え方に最後まで否定意見を述べ続けられる人間でありたい、そう思わせてくれる作品でした。

今回取り上げた「スペースアドベンチャー コブラ」
個人的評価は★★★★★★★★☆☆(8/10)
となります。
歌良し、声良し、シナリオ良しと至れり尽くせりなのですが、松崎さん少し違和感あるかな⋯というのも少しあります。
日常パートというか普段は合うのですが、シリアスシーンの緊張感が少しなくなってしまう気がしました。
全体的には良作だと思いますので、古臭いのが良いんじゃないか!とご賛同頂ける方にはお勧めの作品です。
(もっとも、そういう方は既にご覧になられているかと思われますが⋯)



■■■THE IDOLM@STER MOVIE〜輝きの向こう側へ!」

ねえ知ってる?
桜の木の下には、女の子が眠ってるんだって

という訳で12本目の作品は、
「THE IDOLM@STER MOVIE」
です。
アイドル系アニメの筆頭、アイドルマスターの初代が映画化されたものになりますね。
アイドルマスターは「アイマス」「デレマス(シンデレラガールズ)」「ミリマス(ミリオンライブ)」派生で「sideM(男性版)」とシリーズ化されております。

2005年というとまだ新しく感じる方も多いかと思われますが、これはアイドル系としてはとても息の長い作品となります。
私も初代から大好きで、千早推しでした。
デレマスになってから多方向に魅力的なキャラが増え(勿論初代も多いですが)、今では紗枝はん推しだったり色々です。
最近になってラブライブやバンドリといった作品が出て賑わっておりますが、やはり歴の長いアイマスが一番愛着があり、次点で最近アプリ化したバンドリといった具合です。

少し話が逸れましたが、本題のレビューに入りましょう。

流石アイマス、一番アイドルって感じがします。
バラエティから歌番、サイン会に撮影に。

しっかりキャラ名をテロップで紹介している所も丁寧な印象。
アイドルの楽しさ、大変さともに描いている感じが絶妙です。
経緯あってこそのプロデューサーの言葉、一つ一つに重みを感じます。
765プロのアイドルも練習生の面倒をしっかり見ていて、練習生もプロの過酷さを目の当たりにして挫けそうになったりと紆余曲折あれど、芯はしっかり通っていて安心。

アイドル業界に関しては全くの無知なので実態は分かりませんが、大所帯で踊ってればいいやみたいな感じで浮ついていない少数精鋭のグループが何よりも好きです。現実も、実力派アイドルがいればそういったジャンルも好きになれたかなって思います。寧ろそういう方々がいるのなら是非教えて頂きたいです(p_-)

春香と可奈の電話シーン、そこからの展開。
感動しますよ、これは。

「行こうよ!どうしたいかを、確かめに!」
ここでグッと来ましたね。

この映画からだけでも学べる事は沢山ありました。
本来なら春香のとった行動はおかしい、というより「リーダーに相応しい対応ではない」面もあります。
ただ、それが信頼の裏付けにもなっているんだなっていうのは結果オーライなのではないでしょうか。

今回取り上げた「THE IDOLM@STER MOVIE〜輝きの向こう側へ!」
個人的評価は★★★★★★★★★☆(9/10)
となります。
ラストのCGは少し違和感ありましたが、ストーリー構成や作中作画、キャラの個性全てが生きていたと思います。
こういった作品が数年経った今でも少ないので、これから期待したい所です。

そんなこんなで、素晴らしい作品でした!
曲もキャラもシナリオも、全てが大好きです!
それでは(^^)/~~~

■■■仏陀再誕

映画鑑賞、11本目の作品は⋯
「仏陀再誕」
です。宗教関係のアニメーション映画作品ですね。
本作は過去に劇場へ足を運び、拝見しました。此度は2回目の視聴となります。
仏陀が再誕したという世界設定、主人公は「小夜子」という名前です。
それでは感想へ。

ゴータマシッダールタ⋯普通に「ガウタマシッダールタ」ではいけないのでしょうか。
宗教をアニメーションで、というのはあまり良く思いませんが、ここは敢えて心を無に。

弟「仏陀って、何?」
小夜子「御釈迦様のこと」
はい、釈迦の尊称でもありますね。悟りを開いた者のことを指します。

《TVインタビュー》
荒井(操念会会長)「世界は今混沌の中にあります。国家は迷走を続け、国際平和を掲げるも戦乱の火種は尽きることがない。現代社会は病んでいるのです」
そうですね。仰る通りで、異存もありません。

荒井「家庭は崩壊し、子が親を殺し、親が子を殺す時代」
気に入らなければ殺してしまえばいい、愚かな考えとはいえ実際のニュースでも見かける所からして、案外身近な話かもしれませんね。

荒井「このような時代であるからこそ、全ての問題を解決しうる強力な力を持った指導者が必要とされていると私は思うのです」

(必要と)していますが、(存在)していません。
ただ権力が欲しいだけなのは明白。あなたは政治家ですかと。
尚、後のスピーチで「完璧な人間などいない」と自分で言い放ちます。

スピーチの序盤の内容は正しいと思うのですよ、ええ。

人は愚かだ→そうですね。
⬇︎
しかしそれが人間なのです→そうですね。
⬇︎
完璧な人間など世の中にいない→そうですね。
⬇︎
ただ、その愚かなる人間による愚かなる行為によって
地球は壊れ始めている→多方面で、確かに悪影響が出ているでしょう。
⬇︎
環境は破壊され、人の心は失われた→少なくともネット上では失われました。
⬇︎
この暗黒の時代にあなた方はどう生きれば良いのか?→その答えを探すのが人生では?
⬇︎
人の世とは弱肉強食→生物界そのものが弱肉強食では。
⬇︎
どのような綺麗事を並べ立てようとも、結局は己自身の強さがなければ生き残れないのか!強くなるためには手段を選んではならないのか!
⬇︎
自身の主義を貫き生き残る為にはどうすれば良いのか!
弱さそのものが罪なのだ!妥協してはならない!
全ては自らの手によって実現すべきなのだ!→ここまで上々の演説。
⬇︎
私に従うのです。→どうしてそうなる

自身の主義、自らの手で〜とは何だったのか。
尚、ここからはトンデモ発言を繰り返し信者(?)を募ります。
「我が教団に入れば何でも思い通りになる霊能力が〜(以下略」
その話、壺も付いてきます?(汗)
と、つい言いたくなってしまうほどの内容です。
霊はともかく、霊的な超能力ですか⋯少々、一般人には許容し難い概念ではないかと。まず「この世とあの世」に分けた壁の向こうから、現世に侵入することが出来る設定でしたっけ?宗教では。
個人的には、人が物言わぬ死者の霊魂に対する恐怖心を抑える為に「死者の世界」の概念を作ったという方が腑に落ちるのですが⋯それも固定概念という事でしょうか。

我先に、という人間の欲望も作中よく描かれていると思います。
真の「仏陀」から「心の三毒を抜く」といった話もありました。
貪る心、怒りの心、愚かなる心の三つ。
分かりやすく言いかえるのならば「欲求、怒り、卑しさ」ですか。

思うにその毒は、一生抜けません。
人間の背負った「最強の毒」だと思いますよ。
宗教がもしそれを救えるのなら、良かったですね。
恐らく、望みは生涯叶いません。
少なくとも、私はそれを望みません。

欲が無ければ生きる事から「楽しみ」が消えるでしょう。
怒りが無ければ人の心から「理解」が消えるでしょう。
卑しさが無ければ共に「人間らしさ」も消えるでしょう。
何も望まず、感情を殺して、心を最適化して。
全てを代償にして得るものは何でしょうか?
それは「救われる」と言えるのでしょうか⋯

ツッコミどころ満載というか、詰めが甘いというか⋯形容し難い感想です。
人工知能に深層学習の技術を駆使している近代科学でも成し得ていない「感情」という貴重な財産を失ってまで、私は救われたくありません。
本当の救いは「授かった命を寿命まで全う出来る事」だと思っています。

辛くて、途中で何度も投げ出したくなるであろう人生という名のボールを、しっかりとミットで受け止めてくれる神様が欲しい。
もし神様がいるのなら、私はそれだけを願います。

女子高生のノリ以外は、為になる話が多く真面目な内容もあります。
あまり真剣に考えたことの無い方には聞く耳持たない話、かもしれませんが⋯生きていく上で重要だと思える話もあると思います。
ただ、神や仏に関する私一個人の意見と致しましては、
「存在こそすれども、我々人類が生活する上で直接的な関わりはない」
というのが現在の論です。
神を見たことが無いから存在しない、自分はこんなに苦労しているのに何も変わらない、だから神様なんかいるはずがない。そういった考え方は出来る限りしたくない面もあるのです。
正直、本当はいないのでしょう。
いないからこそ、いて欲しいと願う者がいる。
肖りたい、縋りたい、そういった気持ちが神という存在を生み出しているのではないか、そう思うのです。

でも、それって一つの「欲」では?
結局は神様に「なんとかして欲しい」のですよね。
もし欲を捨てることが救われる術だと言うのなら、欲を捨てる事で神様という存在を欲する事も無くなってしまう。小さな欲も、抑えられなければやがて大きな欲を持つ。
つまり、欲を捨てるというのは「全ての欲求」を捨てる必要があるのではないのか。⋯そういう事です。

この作品を一言で表すのならば、
現実VS理想
でしょう。現代社会の闇に対し理想の心を説く、そういった内容でした。
関係性があるようで、繋がりがない。
仏陀がその時代の価値を決め、その時代の正しさを決め、その時代の善とは何かを決め、その時代の真理とは何かを決める。果たしてそうでしょうか?
現代、随分と変貌を遂げたものですが。

価値観はそもそも個人で違います。自分で自分だけの基準を作って下さい。
但し「社会」ではその先々の「価値観」に従いましょう。
合わないのなら、合う場所を探すか折れるか貫くかを決めましょう(仕方ない)
正しさも、一定の基準を除けば個人の裁量が大半です。つまりバラバラです。
他者に迷惑をかけない限り自由、それが基本ルール。
善は「人にされて嬉しい事か」等の判断基準の元に自分で見つけ積み上げるもの。
真理はおそらく理解のしようがありません。「人間」である限りは。

以上が個人の、全く誰の当てにもならない一つの人生観です。
未熟で稚拙で穴だらけで、それでも大切な自分だけの考えです。

今回取り上げた「仏陀再誕」
個人的評価は★★★★★☆☆☆☆☆(5/10)」
となります。
これは人によりけり、としか言いようがありません。
これが「小説」等であれば自分の中では星7以上付けたのかもしれません。
宗教の、それも大衆向けに映画館で放つ作品としてどうなのか、と思ってしまうのは私が信心深くないからなのかもしれませんね。

私もノベルゲームのシナリオ中でそれを語る事があるでしょう。
但しその時は「これがこのキャラクターの考え方か」と捉えて頂けると幸いです。それが「そのキャラクターの思想」なのです。
そこから共感する心を持つも良し、これじゃダメだと持論を作るもまた良しです。
大切なのは「考える機会を持つこと」だと私は思っています。
それではこの辺で。

■■■キノの旅 何かをするために

映画鑑賞、10本目の作品は⋯
「キノの旅 何かをするために」
です。鑑賞レビューも二桁に突入しました。

「キノの旅」という小説をご存知でしょうか。
旅人のキノと、言葉を話すモトラド(バイク)が色々な国を巡る物語です。
この作品の特徴はまず「1話完結型の短編集」である事です。
それぞれの話が「○○の国」といった形で区切られ、構成されています。
行く先々に待つ個性溢れる国々は、読者をその国へ誘う魔力を感じる本作品の象徴とも言えるでしょう。
今回はそんな作品の「劇場版」です。本編が短い為、最初は映画だと気が付きませんでした。
それでは、感想へ。

※ネタバレ注意

「お帰りキノ」
「ただいま、師匠」

キノの声がイメージ通りで嬉しい。すぐ世界へ入り込めました。
モトラドの声は少しイメージと違いました(苦笑)

キノの銃さばきは小さな頃から師匠に鍛えられたもので、大人顔負けの制御力です。ただそれにしても、幼い子供がリボルバーやを使いこなせるのか⋯という議論は持ち出さないお約束。

ん、これは「大人の国」より全然前⋯というか、旅に出るより前の話の筈ですが⋯なかなかどうして、キノが水汲みしている男性の後ろ姿を見て「キノ」との間に起きた事を思い出すシーンに⋯確か本物のキノはっと何でもないです。
もしかしたら、小説の方での出来事は一時的に「過去の話」だったのかも。
何分、記憶が遠いもので⋯13巻までは部屋にあるので読み直さなければ。

キノは「師匠」がお師匠さんの名前だと思っていたのですね(笑)
小説のどこかでチラッと出たシーンな気もしますが、作中のキノは「おいっ」とツッコミを入れたくなる要素も満載で、非常に面白い作品です。

視聴を進めて、やっと理解できました。
「キノ」という名前に纏わるお話は小説で後々描かれた話で、映画の方では総集してその後の「本編」を引っ張っているようです。
「キノ」の母親とのシーンは「まあ、こうなるのも分からなくはない」
そう思います。母親は「キノと『キノ』に何処で何があったか」を知らず、死んだという報告だけを聞かされていたのですから。
元は子供思いの良き母親だったのでしょう。

とても短い映画でしたが、小説の読者としては「思い出す機会」になっただけでも十分です。

終了後、「塔の国」が取り上げられていたので視聴(終了後メニュー画面から)

230年も続けられている塔の建設。
最初、ニューディール政策の様なものかと思いました。
労働、つまり塔を建てる「仕事」を作っているのではないかと。

その国の人々を見る限り「その人の役割」が存在して、
他には干渉しない傾向にあります。
つまり「何故建てられているか」を知る人がいないのです。
そして何より「塔の建築」こそがこの国の全てであり、それを拒むもの、賛同し協力しない者は非国民とされ、人柱にされてしまうそうです。

自身に与えられた役割を忠実に熟していく。
勿論、それはとても重要な事です。
目的の為の歯車の一つとして作業に取り組む。
歯車ということは「欠けてはならない存在」なのですから。

ただし今回の例で言えば、
目的を知らずして完成は成し得ないのではないか、そう思います。
誰もその用途を知らず、理由を知らず、異論を唱えたものは皆排除。
このやり方は果たして、その塔の建設に貢献しているでしょうか?
目的を基盤に「計画」を立て「実行」に移し「評価」して「改善」に努める。
所謂「PDCAサイクル」の基本がP(Plan)の段階から破綻しているのです。

以下は持論混じりですが、
計画の段階では「これをやるんだ!」という事だけでなく「それを実行に移したとして、どうなればその計画は成功なのか」を考えます。
やる気、元気ーーも大事ですが、それが「企画・計画」である以上はある程度の見通しが必要になる。
最近になって自分自身が痛感した事です。
勿論ある程度考えた上での企画でしたので、「少しでもやっておいて良かったかな」といった具合でしたが。大事ですよ、本当に。
これを行わないだけで詰む企画が殆どでしょう。
勿論、奇跡で成功する可能性がないとまでは言いませんが、
初めから奇跡に期待し任せる様な企画では「成功」とは程遠いと思います。

映画は門出前のお話の為、世界観が生かされませんでしたが、
作品そのものは素晴らしいものです。

今回取り上げた「キノの旅 何かをするために
個人的評価は★★★★★★☆☆☆☆(6/10)」
となります。
キノの旅が大好きだからこそ、こういった評価になるでしょう。
描く部分が中途半端なのです。
伝えたい部分を敢えて隠す、というのは「文章」だからこそ活かされるものでしょう。
映像として、個人的にはNGと感じました。
これでは本当の良さが伝わらない。
自分に小説の魅力を教えてくれた「キノの旅」はこれだけでは語れない。
不完全燃焼なまま終わってしまいました。

小説を、小説をぜひご一読下さい。
これが自分の正直な感想です。

最後に、劇中の発言でお別れ|д・) ソォーッ…
「今は、僕がキノだ」
 
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